「ぬおおおお!」 「くそ…」 アキレスの攻撃を受け止めるたびに、ストラーダが悲鳴を上げる。 アキレスと距離をとって、構える。 スピードなら、僕の方が速い。 だけど、明らかに相手のほうが勝っているのは、一撃の重みと経験。 自分が信じる武器を手に、戦士としての誇りを持って戦っている歴戦 の戦士…そんな感じだ。 そういう点では、少しシグナムさんに似ているかもしれない…なんで、こんな人がスカリエッティなんかと… 「…なんで…なんでこんなことを?」 「…」 黙り込むアキレス。 しかし、数秒後、何かを覚悟したかのようにうなづき、構えをといた。 「…私は、聖王護衛闘士部隊隊長…聖王をお守りする部隊に属してい た。しかし、魔法文化が発達していた古代ベルカにおいて、我々のような魔法適正を持たない者達は、『役立たずの虫けら』と蔑まれながら、生きてきた…」 「そんな…魔法が使えないだけで…」 「事実なのだよ。魔力を持たないという理由だけで、年に数え切れないほどの子供が親に捨てられ、それでも世界はなんとも思わない。そうして、捨てられた子供の一人が私だ…。しかし、私が仕えた聖王様は違った。魔力を持たない私達に衣食住を与え、訓練を積ませ、宮中での護衛を任じてくださった。私はその恩に報いるために、最強の肉体と最強の部隊を作った」 「…」 「だが、護衛闘士部隊を作ってすぐ…聖王様を狙ったたった一人の魔導師の手によって、そのほとんどが殺され、私は重傷を負いながらも一命を取りとめた。相手は、ベルカ式魔導師で、魔力で強化された武器を前に、私達の隊はなすすべもなかった。私たちが時間を稼いでる間に、聖王様は辛くも逃げ延びることができた…」 「それなら…それなら、あなたは、使命を果たしたはずだ! それなのに、なぜ、こんなことを!?」 「…無念なのだよ」 「無…念?」 「その後の私達に対する扱いは、より粗悪なものとなっていった。『たった一人の侵入者すら止められず、何が護衛闘士か』とな。だから、確かめるのだ。魔法さえ使われなければ、私が…私達が最強だった。その誇りを確かめるまで、私は倒れるわけにはいかない」 胸の中に感情がわきあがってくる。 これは…なんだ… その感情を言葉にするかのように、僕の口はいつの間にか言葉を吐き出していた。 「…ふざけるな」 「なんだと?」 僕の言葉に、アキレスの眉間にしわが寄った。 「誇りだと…こんなことをして、本当に誇りを取り戻せると思ってい るのか?」 「…れ…」 「多くの人を傷つけ、たくさんのものを失わせる…」 「…黙れ…」 「そんな行為の片棒を担いでるあなたに、いったい、何が守れるって言うんだ!」 「黙れ!」 アキレスが構えを取る。 その眼光は鋭く、まっすぐ僕を捕らえていた。 「われらが誇りを汚す言葉は許さぬ!」 アキレスが、僕に向かって走ってくる。 一瞬にしてつめられた間合い。 そして、振り下ろされた剣の重みは今までとは数段違った。 その衝撃にストラーダが軋む。 「はっ!」 アキレスの拳がわき腹にめり込んで、鈍い音がなった。 「ごふっ!」 まずい…あばらが…折れた…。 宙に浮いた体、アキレスがとどめとばかりに放った蹴りを頭に受け、僕の体が大きく 吹っ飛ばされた。 もう…だめなのか…僕はここで終わるのか… ん…音が聞こえる。 これは…誰かの声… 僕を呼ぶ…声… 首だけを横に向け、声のするほうを見る。 そこには、一人の少女の姿があった。 涙をぼろぼろこぼして、その小さな両手でバリアを叩いて、僕の名を 呼ぶ一人の少女の姿が。 『ね、エリオ。約束…してくれるかな?』 そうだ…まだ、終われない。 動くたびに全身が悲鳴を上げるし、頭は割れるように痛い…だけど、 まだ戦える。 フェイトさん… ------------ クローンとして生まれ、たまたま先天的な能力を持った僕は、エリ オ・モンディアルとして育てられていた家から引き離されて、研究所へと入れられた。 医療施設に保護してもらった後も、僕は誰も信じられなかった。 どうせ、みんな、僕のことを裏切る。僕のことなんて、みんなどうでもいいんだ。 自分勝手な考えを振り回して、近づいてくる人をみんな、傷つけた。 …それを助けてくれたのが、当時、まだ僕の保護責任者になってくれる前のフェイトさんだった。 「楽しいことや嬉しいこと…探していけば、絶対に見つかるから。私も、探すの手伝うから…だからね、お願い。…悲しい気持ちで、人を傷つけたりしないで」 フェイトさんはいろんなことを教えてくれた。 人の温かさ、孤独でいることの辛さ、魔法の怖さ…帰れる場所がある こと、そこで、待っててくれる人がいることの喜び。 「ねぇ、エリオ…」 「なんですか?フェイトさん」 「エリオは、将来、どんな大人になりたい?」 「僕は…僕は強くなりたいです。フェイトさんやみんなを守れるくら い強く」 「そっか…ありがとね、エリオ。でもね、強くなることと誰かを守れ ることってのは、イコールじゃないんだよ?」 「どうしてですか?」 「人はね、誰かを守りたいから強くなるの。強いだけだと、その力を 使う方向を間違えてしまう。…私は職業上、そういう人を多く見てきた…」 寂しそうなフェイトさんの顔。 フェイトさんがそんな表情をすると、僕もなんだか… 泣き出しそうな僕の顔を見て、フェイトさんが優しく笑いかけてくれた。 その笑顔はとても優しくて…思わずみとれてしまう。 「でもね、エリオが何かを、誰かを守りたいって気持ちを忘れなければ、きっと大丈夫。だから…その気持ちを忘れないでね」 「はい!」 ------------- 僕とアキレスでは何もかも違う。 だけど、自分を守るために誰かを傷つけようと…不幸にしようとしている。 それは昔の僕と同じだった。 でも、僕は知ってる。 僕の大好きな人たちが教えてくれたから… 誰かを傷つけて…そんなことで守れるものなんか、何もないんだ! 「てやぁぁぁあぁ!」 起き上がった僕を見て、向かってくるアキレス。 頭上から振り下ろされる一撃。これをくらったおそらく死ぬだろうと直感する。 「エリオ君!」 キャロの声が聞こえた瞬間、周りがスローモーションになり、空気が 鉛のように重くなった。あれだけ速かったアキレスの攻撃さえもその例外ではなかった。 重くなった空気を必死に動くと、なびいた前髪をアキレスの剣が切り裂き、そのまま地面を割った。 その衝撃に合わせて飛び、ストラーダを高く振り上げる。 「うぉっぉぉぉ!紫電一閃!!」 渾身の力を込め、ストラーダをアキレスの頭上めがけて振り下ろし、アキレスを地面にたたきつけた。 地面に倒れたアキレスは体を動かそうとしているが、僕と同じで力が入らないようだ。 その後、時間をかけてなんとかうつ伏せの状態から仰向けになったアキレスだが、立ち上がるだけの気力はなかった。 「くっ…まさか、この私がこんな子供に不覚を取るとは…殺せ…」 「…それはできない」 「なぜだ? 俺にこのまま生き恥をさらせと?」 「僕の目的はあなたを傷つけることじゃないから」 「…何?」 「昔のあなたには守る人がいた。帰る場所があった。そこで、待って いてくれる人がいた。それが、今の僕にはあって…それを守ることが僕の誇りだから。それだけ守れれば良いんだ」 「…」 アキレスが目の上に手のひらをかざす。 「…俺の完敗のようだな…寝ていた時間が長すぎて、そんな当たり前のことすら忘れていたようだ。聖王様を守る…そのために強くなったはずなのに…。…一つ、頼んでも良いかな?」 「何ですか?」 「もし君たちが彼を止めたときは、私と再び戦ってくれ。今度こそ、 戦士としての戦いで…な」 「…はい」 アキレスに背を向けて歩き出す。 フィールドの外に待っていてくれる人がいる…行かなきゃ… あれ…おかしいな…頭がくらくらする。 目の前が…しろ… 意識を失いそうになった瞬間、広がった暖かい温もり その温もりで意識を少し取り戻した。 その場に倒れこみそうになった僕を抱きとめてくれたのはキャロだっ た。 「キャ…ロ…?」 「お疲れ様、エリオ君。…おかえりなさい…」 キャロはすっかり涙声だ。 でも、僕のために笑顔で待っていてくれた。 「ただいま…ごめん、少し、眠るね」 「うん」 ゆっくりと眠りに落ちる。その途中、僕はフェイトさんとの約束を思 い出していた。 『友達や仲間を大切にすること。戦うことや魔法の力の怖さと危険を忘れないこと。どんな場所からでも絶対元気で帰ってくること』 あの約束、守れましたよ…フェイトさん。