「退院?ふざけてんのか?」 目の前から、医者とは思えないような言葉が白衣に身を包んだ男、この病院の医者であるトウヤ・ナンバから飛び出した。付き添いできている看護師はトウヤの口調に慣れていて、特に驚きもせず、俺たちのやり取りを眺めている。 「何でだよ? 怪我はかすり傷程度だったからなもう治ったし、魔力も十分回復したんだ。問題ないはずだろ?」 「あのな、ロイド。おめぇが入院したのは3日前。で、これが昨日の検査の結果だ」 そう言うと、トウヤは金色に染まる頭を掻いていた手を動かし、俺にいろいろな数値や画像を見せ、少し声のトーンを落として話を続けた。 「ま、馬鹿にはわかんねぇだろうが、俺も一応医者だしな。説明してやるよ。…確実に反動が来てる。魔力的にはもちろん、身体的にもな。…近いうちにもう一度使ったら、骨の1本や2本じゃすまねぇだろうな。あれは今のお前にとってそういう魔法なんだよ」 「わかってるよ…そんなこと…」 トウヤの言葉に思わず怯んでしまう。トウヤの話では、俺の高速移動魔法の術式は発動した際、通常緩衝材となる部分の術式が欠けているらしく、体への負担が大きいらしい。だから、俺も滅多に使おうとしない…というか、使ったのは人生で2度目だった。 「お前が死ぬほど不器用じゃなければ、緩衝材になる術式を組み込めば良いだけの話なんだがな。まったく、魔法センスのないやつだ」 「センスないって、俺はAランク魔導師だぜ!?」 「空飛んで、ある程度の処理能力あれば空戦Aランクなんてのは簡単に取れるんだよ。それとセンスってのは別問題だ。ばぁか」 その言葉に何か言い返そうとするが、トウヤに言われると返す言葉が見つからない。トウヤは俺にとってそれほどセンスの塊に見える男だった。今、医療チームにいるのが信じられないくらいに。 「ともかく、あと6日は様子を見るぞ。それで晴れて退院。即日部隊復帰もさせてやる。これでどうだ?」 とは言うものの、後5日も無駄にしてはいられない。 「後3日」 「…まけて5日だ」 「4日?」 「…やれやれ。しょうがねぇ、後4日で退院させてやる」 「よし!」 「…」 トウヤはそのまま何も言わず、病室を立ち去ろうとドアの方へと向かって歩き始めた。その後姿に不気味なものを感じながらも、俺は退院の予定が早くなった喜びを感じていた。 … …… 「ナンバ先生?」 「ああ、悪かったねラディスさん。わざわざ着いてきてもらっちゃったのに、くだらない話を長々と」 「いえ、それは良いんですけど、さっきのロイド君なんですけど、たしか退院予定は元から4日後の様子次第でしたよね。何であのよ うなことを?」 「ああ、そりゃ。…最初から4日間なんて言ったら、絶対拒否しますからね。駆け引きですよ、駆け引き。いやー単純馬鹿は扱いやすいっすよ。はっはっはー」 -------------- 「…以上が現在の状況と我々が現在掴んでいる情報です」 「あんまり芳しくない状況みたいですね」 大きなスライドを前に立つ男が、何十人に対して…いや、その中心に座る一人の女のためだけに説明していた。女は何かを考えているらしく、その一言以上話そうとはしなかった。 少しして、女の横に座る男が沈黙に耐え切れず、それを破ろうと言葉を発しようとした、その瞬間である。 「ハラオウン執務官」 その女の名を叫びながら、一人の男が会議室に入ってきた。 「会議中だぞ、きさ―」 「良いんです。それで、何か進展がありましたか?」 「例の集団が第35管理区域に出現しました。現在、ブラボーチームが追尾魔法を行っています」 「…わかりました。私が現場に向かいます。ブラボーチームにはなるべく時間を稼ぐように伝えてください」 「はっ!」 「さて…」 フェイトはおそらく自分が向かう頃には対象をロストしているだろうと思っていたが、あえて口には出さなかった。それは現場の士気に関わることだった。 正体不明の集団が各地に出没し、遺跡を荒らしまわっている事件が始まったのは3ヶ月前だった。時空管理局員が駆けつけるも、そのときにはもうもぬけの殻。足取りはもちろん、実態すらつかめないことから、彼らはゴーストと呼ばれていた。 「…いやな予感がするな…」 どうにも拭えない不安。その不安がこれ以上大きくならないことをフェイトは祈っていた。